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生徒たち



今日無事にテストが終わりました。
(昨日最後の3年生のタイピングが終わるという、
 またしてもギリギリセーフなテスト。)

これから先生たちが採点をして、
どの子が来年から次の学年に上がれるか
どの子が留年しなければいけないのか
結果をだします。

きっとその結果が出る頃には私はもういないでしょう。


最後の授業が終わった日も、
最後のテストが終わった今日も
全くといっていいほど、実感がない。

考えてみればそうだ。

今まで2年間毎日顔を合わせて、
学校にいけば一生懸命ケンカして泣いて
うるさくして先生に怒られて、
いつまで経っても私にわからないベンバ語で話し続けて…。

今日だって、何人の生徒がケンカして押し合いして泣いて
「マダム~」って泣きついたことか。


でも、「はぁ~、またか…」って思いながらも
ふと思い返せばそこには「2年」っていう時間がちゃんとあった。


初めて1年生が泣いていた時、
「名前もわからない」「なんで泣いてるのかわからない」「ベンバ語で説明されてもわからない」…
わからないごとづくしで、どんだけあたふたしてたことか。笑


2年前、チンゴラに来て見たうちの学校がこれ。
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そして中に入って最初に見た光景がまさにこれ。
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「学校」って言われて

教室があって~

校庭があって~

机があって~

黒板があって~…

っていうのを勝手な先入観で持っていた私。


信じられないくらいびっくりしたけど、ザンビア人のダイレクターや先生たちに
精いっぱい頑張って何ともないような顔をしていたのを今でも覚えている。




そしてコンパウンドに住むダイレクターや同僚たちの
貧しい生活がこの学校の運営に関わっていること。

彼らの生活がこの安い給料にゆだねられていること。

先生たちの給料が払えなくて、毎日銅山で12時間働いているダイレクターは
自分たちの3人の女の子たちをベッドもマットもない硬い床で寝かせながら
自分の1ヶ月の給料の2/3を先生たちの給料を払うために費やしていること。


ボランティアで来た私には責任というか負担がすごく重たかった。


そして、何度も何度も
「こんな貧乏な学校、もう無理だ」って思った。



チャーチメンバーに追い出されたり、


屋根が飛んだり、


先生の数、黒板の数、教科書、チョーク、机、何もかもが足りなくて


問題が起こる度に「あー、今度こそ終わりだな」って思ってきた。


そして何度も何度も
「どうしてダイレクターは自分のお金を費やしてまで学校をやっているんだろう?」って思ってた。



途中で場所がなくなって、
「となりのコミュニティスクールの一教室を借りよう」ってなったことがあって
その時も
「うちの学校の看板もないし、場所は別の学校。
 もううちの学校はクローズしてすべてとなりの学校にまかせてしまえばいいんじゃないか?」
って。



それでも、私が2年間あきらめずにがんばってこれたのは

どんなに劣悪な環境でも毎日学校に来て
すわり心地の悪いベンチ、机・教室もない学校で
がんばって授業をうけている生徒たち、
そこでがんばって教えている先生たち、
決してあきらめないダイレクターがいたからである。


生徒たちはいつでも一生懸命。

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一度このブログでも書いたけど
彼らから、言葉通り
「生徒と先生さえいれば、どこでも学校はできる」
ということを教えてもらった。



残念ながら、途中で学校に来なくなってしまった子もいる。

私にもっと何かできたかもしれない。
「もっとできたかも」って思うことをあげたら、キリがないくらいある。


毎日、100%フルで頑張っていたわけではないし

時には日本から来た時の情熱が消えてしまった時もある。

どうしようもなくイライラしていた時、
「もう日本に帰りたい」って泣いたことも数えきれないくらいある。

やりたかったけど、達成できなかったことだってある。

先生たちへ彼らにとってはすごくきびしいことを言っていただろう。

今思えば、子どもたちのために、もっと頑張れたと思う。


「できなかったこと」をあげたらキリがない。



でも私が「来てよかった」と思ったのは、この前のミーティングで
ダイレクターが私へ言ってくれた一言。


「アイコ、日本からザンビアへ来てくれてありがとう。
 アイコなしでは今日の学校はここまでこれなかった。
 いや、今日になる前に学校がなくなっていたかもしれない。
 本当は何度も学校を閉めようって思ってたんだ。
 でもアイコが日本から来て、僕たちのために一生懸命頑張ってくれていたから
 あきらめちゃいけないって思ったんだ。
 でも今はあきらめないでいてよかった。うちの学校がここまでこれたんだから。」

と。


「なーんだ、彼もつらくてあきらめたかったんじゃん」っていう安心と
お互いに『もうやめたい』って思っていたのに、
お互いに『いや、でももう一方ががんばっているから…』って勘違いして
2年間頑張っていた自分たちのことを考えたららちょっとおかしかったのと、
彼の言葉に救われたのとで、涙と笑いが同時に出た。



そして、とても小さいけれど生徒たちにも変化もあった。

アルファベットが書けなかった1年生がA,B,Cをかけるようになった。

いつも数字の「3」を反対向きに書いていた子がちゃんと「3」を書けるようになった。

私が「あなたの名前は?」って英語で聞いても答えられなかった子が
きちんと自分の名前を言えた。

いつもベンバ語で「○○と▲▲がケンカしてる」ってレポートしにきていた子が
英語で言えるようになった。


とか。



今日、彼らの成長をずーっとずーっと見ていきたい
ってすっごく願った。


もしかしたら来年からまた学校に来なくなっちゃうかもしれない。
親の都合で遠くへ引っ越しちゃうかもしれない。

彼らの生活が不安定すぎるから、心配で心配で仕方がない。

それでも、どんな状況の中でも彼らにはどうにかして
彼らの未来を希望でいっぱいのものにしてほしい。

「パイロットになりたい」「先生になりたい」「ボスになりたい」といっている彼らの夢、
まだまだ叶う可能性がいっぱいあるんだから。





輝け、みんなの未来!


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No title

あいちゃん とうとう終わったね。本当にお疲れ。
協力隊に応募することさえ大反対したけど、今になってみれば
この2年間はあいちゃんにとっても、お父さんにとっても それはそれは
素晴らしい宝物です。
カピーシャコンパウンドの子供達のために精一杯尽くし 新しい学校の
準備も進み、本当に良く頑張ったと思うよ。
一部課題は残ったかも知れないけど、もう充分。
あとは 無事に 笑顔で成田空港のARR gateから出てきてください。

残りの日々、油断しないように・・・。

PAUL

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■性別:♀
■出身地:千葉
■派遣先:ザンビア チンゴラ
■職種:青少年活動

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